2017年08月27日

琥珀の夢(412)信治郎死す

昭和37年2月20日早朝、鳥井信治郎は永眠した。享年83だった。
翌21日に密葬が行われ、25日に大阪四天王寺で社葬が行われた。

葬儀委員長は国分商店社長、国分勘兵衛、喪主は鳥井信一郎、弔事は総理大臣池田勇人から始まり、社員代表で作田耕三取締役が涙ながらにのべた。弔電2000通、会葬者は5000人を超えた。


葬儀から4ヶ月後、敬三は社内にビール営業部を新設した。府中のビール工場は急ピッチで進んでいたが、競合他社の攻勢は目に見えて厳しさを増していた。

発表するビールは3度の欧州訪問のによる数百種のビール試飲・検討の末、デンマークのカールスバーグの生ビールの味覚に決定し、提携を経てあらゆるノウハウを吸収した。


寿屋全体が久しぶりに熱気に満ち溢れたが、1つ問題が残っていた。ビール流通の隘路が打開できずにいた。

販売店が寿屋のビールを置かないというのである。


posted by 琥珀色 at 10:58| 琥珀の夢 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月27日

琥珀の夢(352)サントリーウイスキー

「サントリー」ブランドの誕生!

僧侶から日輪の話を聞いた信治郎は大阪に戻ると、神戸のセレース夫人に電話を入れた。
「奥さん、太陽はSUNでよろしゅおましたですかいな?」

はい、太陽はSUNです、と言った夫人は、常々鳥井さんは太陽のような人だと夫婦で話していると笑った。


信治郎は小紙にトリイサンと書いてみた。しかし商品名にトリイサンはおこがましい。昨日の延暦寺の僧の顔が浮かんだ。

「一番上で日輪がしてくれます」
そうか、日輪が上か、と信治郎はサントリイと書いて、口の中で何度かくりかえすうち

「そや、サントリーがええ」
信治郎は半紙にサントリーウイスキーと書いてみた。気に入った。


信治郎に呼ばれた宣伝課の連中は、「サントリーウイスキー」というネーミングに皆目を輝かせて賛同した。

posted by 琥珀色 at 21:38| 琥珀の夢 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月06日

琥珀の夢(302)トリスウヰスキー

「トリスウィスキー」という名前は「サントリー」の社名より先にできたという話。
(なつかしい「アンクルトリス」↓)




信治郎が新しいウィスキーの名前を考えていると、クニと吉太郎が帰ってきた。並んでいる「赤玉」「向獅子」「ヘルメス」を指差して、吉太郎が「トリイ、トリイ」と何度も繰り返した。

吉太郎がいなくなった後も、信治郎の耳に「トリイ」という声が響いた。
「そや!それがええかもしれん!」


信治郎はすぐに神戸のセレース商会の社長夫人に電話した。
「実は、鳥井の商品を格好良う言うにはどう言うたら・・・」

セレース夫人が提案したのは「TORY'S」だった。


信治郎は戻って「トリースウイスキー」「トリースウイスキー」と繰り返すうち、なんだか間延びした感じがして、早口で読んでみた。

「トリスウイスキー。そや、これでええ」
この瞬間、信治郎は後年爆発的な売上となる「トリスウヰスキー」の名前を手に入れた。


posted by 琥珀色 at 11:38| 琥珀の夢 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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