2016年10月31日

琥珀の夢(120)富士山

信治郎は初めて乗る汽車の旅に興奮して眠れなかった。
信治郎の耳に、父母の会話がよみがえった。

どうして丁稚の信治郎がそんな遠くに行かねばならないのかという母のこまと、いや、小西屋の旦那に信治郎はそれだけ見込まれているのだという父の声だった。


浜松を過ぎると、5月の星空を円錐形に切るようにしている山影が見えた。初めて見る富士山の姿だった。

「鳥井信治郎の商いの夢をどうか叶えさせとくれやす・・・」
そして大磯を過ぎると夜が明け、汽車は横浜駅に着いた。



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2016年10月28日

琥珀の夢(117)

旅支度のために久しぶりに実家に戻った信治郎に、家族は感心しきりだった。母のこまは不安がったが、兄の喜蔵は心配するなと話した。

こまは大阪から東京に旅立ったまま消息を断った何人もの家族、男衆の話をした。大阪人にとって、東京はまだ別の土地だった。


父の忠兵衛は年の初めから床に伏すことが多くなっていた。信治郎の目にもその衰えははっきりわかった。

喜ぶ忠兵衛に、信治郎は「帰ってきたらみやげ話をぎょうさんしますよってに、それまでに元気になっとくれなはれ」と励ました。



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2016年10月19日

琥珀の夢(107)

儀助は信治郎の話を聞いていた。

「赤門印には甘みの加減が足らんのと違いますか」信治郎がそう言うと、儀助は目を大きく開いて信治郎を見つめた。


儀助は驚いていた。自分が何年も探しているものを、まだ1年も経たないうちに丁稚の信治郎が口にしたことに感心した。

「どや、わてと2人で、その甘味をこしらえてみよか?」


物事はあきらめたら終わりだ。そのことを儀助は忘れかけていたが、信治郎のおかげで思い出したのだった。

「信吉、お前はなんでこの小西屋に奉公にきた?」儀助は尋ねた。道修町でもとびきりの店だと父が選んでくれたと答える信治郎に、儀助は言った。「わてが大阪へ来たのは、店を見てのことやない」

信治郎には、どういうことかわからなかった。

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