少し遠回りをすれば浅瀬を渡れる段取りだったのに、儀助が配達を手間取ったため急ごうと思って判断を誤ったのだった。
儀助は、背中の傷は商人としての大切なことを教えてくれたと言うのだった、信治郎は胸の中で手を合わせ、いい話を聞かせてくれたと儀助に感謝した。
儀助はそこで話を終えて仕事に戻り、その夜の夜鍋は早く終わった。作業場の鍵をかける儀助の背中に向かって信治郎は言った。
「旦那さん、今夜はええお話しを聞かせていただいて、ありがとさんだす。今夜のお話をわて一生忘れんようにして気張ります」
部屋に戻っても信治郎はすぐに寝付けなかった。「わてはまだまだ甘いわ」信治郎は布団の中で唇をかんだ。
(ひとこと)
後の大経営者、鳥井信治郎の商人としての原点になる体験だったのかもしれませんね。