2016年07月31日

琥珀の夢(29)信治郎、奉公へ

忠兵衛が妻のこまに信治郎の奉公先を伝えると、こまは反対はしなかったが気のない返事をした。忠兵衛は明日から信治郎を奉公先にやると伝えた。

こまは、せめて肌着やらでも支度が必要だと訴えたが、忠兵衛は「今のままでかまわん。あれは奉公に出るんやぞ」と、理由もわからず誤気を荒げた。


こまは、奉公先に行く日は自分が連れて行くと申し出、忠兵衛は了承した。信治郎はさっさと商業学校を退学して来て、明日にでも奉公に出ると忠兵衛に告げた。

忠兵衛は母が準備が必要だと言っていたことを伝えた。信治郎は何の準備かわからず、小首をかしげながら奥に退いた。


3日後、信治郎とこまは道修町の小西儀助商店に向かった。「まあ奉公先をよう見てみんとな」こまの言葉の意味が信治郎にはわからなかった。

「そりゃ外から見るんと、中から見るんではお店言うもんはまるで違いますから」と言われて、13歳の信治郎は母と並んで小西儀助商店の前に立った。


(ひとこと)
奉公に出て新しい世界を見るのが楽しみでたまらない信治郎、寂しさを振り切ろうとする忠兵衛、息子の行く末を案じるこま。三者三様の姿ですね。




posted by 琥珀色 at 09:20| 琥珀の夢 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月29日

琥珀の夢(28)信治郎の光

信治郎を奉公に出したいと言われた小西儀助商店では、よく働き人柄も申し分ないと評判だった信治郎と聞いて、二つ返事でその申し出を受け入れた。

信治郎の評判が良いことを喜んだ忠兵衛だったが、たった一つ、妻のことが気がかりだった。信治郎を店に残してやりたいと妻が思っていることを知っていたのだ。


忠兵衛は銭両替商をやめて、店を米穀商に変えていたが、慣れない商売のため算段が立たず、思いのほか金もかかっていた。

このため、ぎりぎりの資金繰りで店を喜蔵に継がせることになったことを忠兵衛は詫びたが、心の優しい喜蔵は恨み言など言わなかった。


信治郎には奉公に出すと言い続けてきたが、本当は忠兵衛も信治郎を喜蔵と一緒に店で働かせたかった。忠兵衛も妻と同様、信治郎が可愛くてしかたなかったのである。

信治郎の、見ていて自分たちに希望を与えてくれるような光のようなものが、この夫婦を勇気づけていた。


(ひとこと)
見ていて自分たちに希望を与えてくれるような光のようなもの・・・大人物の持つオーラというのがこれなのでしょうね。


posted by 琥珀色 at 18:03| 琥珀の夢 登場人物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月28日

琥珀の夢(27)奉公

大阪商業学校へ通って約1年経ったころ、信治郎はまた忠兵衛に呼ばれ、学校の様子を聞かれた。

信治郎は率直に、役に立つ学問もあるが商いや簿記学などより中国語や英語の授業の方がおもしろいと答えた。すると忠兵衛は、そろそろ奉公に出したいと告げた。


信治郎は即座に承諾し、信治郎は商業学校を中退して丁稚奉公に出ることになった。忠兵衛はすでに信治郎の奉公先を探していた。

忠兵衛は、信治郎が一生商人として生きていける格と信用のある奉公先を考えていた。当時の商人は、最初の奉公先で将来の大半が決まったからだ。


また忠兵衛は、自分の経験から銭両替のように時代が変わると廃業に追い込まれるような商売に信治郎をつかせる気はなかった。

そして選んだのが、船場、道修町にある小西儀助商店という中どころの薬種商店だった。創業明治7年で、薬の小売から商いを始めた店だった。屋号は小西屋といった。


今の店主、二代目儀助はもとは北村伝次郎といい、20歳で小西の店に奉公に入っていたが、資金繰りに行き詰まった店の借金を3年で完済し、養子に入って二代目となった。

小西屋はこの男のおかげで今は舶来物の薬や、ウィスキー、葡萄酒なども販売するようになっていた。忠兵衛は新しもの好きの信治郎にこの店が合う気がしていた。


(ひとこと)
商業学校でメキメキ頭角を現すかと思ったら、1年ちょっとで中退ですね。ところで小西儀助商店は現在のコニシ株式会社。「ボンド」で接着剤のトップメーカーになった会社です。こんなにいろいろな接着剤を作っています。




posted by 琥珀色 at 22:43| 琥珀の夢 舞台 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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